読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ビロードのように上質な Vieludo

e-Art-histアーシスト〜鮮やかな色彩を紡ぎ出し、上質な人生の羅針盤となるべく〜EARTH=地球人+ART= 芸術人のMOMOJIRIが創り出す 天然石パワーストーンジュエリー・ アート・ ハンドメイド 雑貨作品とケ・セラ・セラなのんびりまったりな ねこロジー的生活とスピリチュアルなお話

ありがとう真央ちゃん〜永遠の輝き 浅田真央〜

浅田真央引退記者会見で涙の笑顔

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp023735704&d=d4_asa

あぁ、とうとうこの日が来てしまった。いつかはやってくるとわかっていても、それがこんな風に、まるで桜の花が咲くのを待っていたかのように、あたりまえの顔をして訪れるなんて。織田信成くん同様に、ずっと号泣しまくりの桃尻です。

     🌞 真央ちゃんとともに夢みた日々 🌞

4月10日自身のブログ上で、浅田真央選手が現役引退を表明しました。11日の日のテレビではもうその話題で持ちきりだったし、ツイッターを始めとするWEB上でも、ファンの人もそうでない人も、真央ちゃんの引退を惜しむかのように、そして労うように、さまざまな声が上がっていました。その日のうちに特番が組まれ、3時間あまりの間、ずっと番組を見ながら、わたしも真央ちゃんファンとしての個人的な想いを、リアルタイムでの気持ちを、書き綴っておきたい。おかねばならぬと強く思ったのだった。 

そう、きっと何年か経った後にも、自分自身が今日のこの日の記事を読み返しながら、在りし日のことを懐かしく憶い出しながら、浅田真央という唯一無二の存在に、どれだけ勇気や希望や励ましのエールを貰い、一喜一憂しながらもともに歩み、時にはたくさんの涙を流し、笑顔に包まれながら、確かに同じ時代を共有していたのだという、その喜びを忘れないようにと。

f:id:MOMOJIRI:20121006000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp13420964&d=d4_mao

4月12日11時30分過ぎから記者会見は都内のホテルで行われた。わたしは、その一挙手一投足を見逃さぬように、テレビの画面に食いついていた。真央ちゃんの、清々しい晴れやかな表情を見ながら、なんてこの人の眼差しはいつでもまっすぐで、ピュアで曇りがないのだろう。と、いつにも増して感じたのだった。そして、その姿こそ、わたしが浅田真央に惹かれてやまない最大の理由のように思えた。

わたしにとって真央ちゃんは、成功しても失敗してもいつだってまっすぐに前を見つめて進み続ける、気高く美しい人なのだ。『試合では強い方ではないので』そう、正直な気持ちを話していたが、私たちから見れば充分すぎるほどに強くて、でもどこか危うげでもあって、いつだってヒヤヒヤさせられながらも、応援せずにはいられないそんな存在。それこそが浅田真央

f:id:MOMOJIRI:20061202000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp04873581&d=d4_mao

天真爛漫なその笑顔や表情から感じられるのは、天使や仏様の姿。光り輝くエネルギー。
わたしが彼女の演技に特別なものを抱くのは、たぶん、魂そのものの輝きなのであろう。
だからこそ、自分自身の魂が共鳴し、打ち震え、感動に包まれる。そこには何の説明も
いらないし、する必要もない。

f:id:MOMOJIRI:20170413032427j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp020028955&d=d4_asa

 🌞フィギュアスケートを通して観た風景と想いと🌞

真央ちゃんが引退を表明してから、改めて、色々なことを考えた。その中で、やはり一番に思うことといえば、オリンピックになるのだが、オリンピックを語る上で欠かせないのは、キムヨナ選手とのライバル争いであり、五輪に限らず、いつでもライバル対決などとメディアが囃し立て、常に比較の対象にされて来たふたりの目指していたものの違いとはなんであろうか?そして、どうしても常に疑問のつきまとうジャッジや、ファン心理を含めた、自分なりの考えや想いを、書き残しておこうと思う。

f:id:MOMOJIRI:20170413032403j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp022587623&d=d4_asa

バンクーバー五輪からソチ五輪までの間、わたし自身も、メディアやその一部の行き過ぎるファン心理の罠のようなものに囚われていたように感じる。競い合い、切磋琢磨して己を高めていくことは技術の向上や進化する上でも、アスリートにとっては必要不可欠なことであるし、その結果としての功績は否めない。けれど、それは当事者(アスリート)たちの間でのことであって。こちら側(オーディエンス)の人間が、やれ、真央sageだとか、ヨナageだとか、誰かを褒め称える際に、対象を引き合いに出して貶めるようなこと(disる)をする必要性など全くないということだ。

フィギュアスケートのような競技の場合、皆それぞれの持ち味が違う。違った魅力に溢れているもの同士が、更に努力して磨きをかけるからこそ、観ているこちらは期待し、興奮し、ドキドキワクワクしながら応援するのだ。違うからいいのであって、違わなかったらつまらないではないか。その違いを認め合えずに、相手を貶めるような行為や誹謗中傷をする輩のなんと下劣なことよ。。

正直、日本のマスコミがこぞって真央ちゃんを貶めるような状態が続いていた時、わたしも心底テレビに向かってものを投げたくなるような衝動にかられるほど憤慨したものだ。一生懸命精進しているアスリートに向かって心無い行為を堂々とやってのけるメディア。真央ちゃんファンと言いながらも、見当違いな行きすぎる応援に走るマオタと揶揄されているファン。どちらにも辟易していた。

f:id:MOMOJIRI:20161022000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp022593556&d=d4_asa

採点競技が抱えている、人の目によるジャッジの曖昧な公正さや、ルールそのものの問題点も含めて、常にフェアであって欲しいと願うのはフィギュアスケートのファンなら当然のことであるし、そのルールにいつの時代も翻弄されている選手達の気持ちを考える時、憤りや虚しさすら覚えるものだ。ルールそのものにケチをつけたくなる気持ちはわたしにもあるし、納得のいかない場面もいくつもある。しかし、ルールが存在する以上、そこで勝利を得るためには、いかにしてそのルールを味方につけ、そのルールを有利に戦略を練っていくかが勝利への方程式となる。それを最も効率良く実践していたのがキム・ヨナであろう。

真央ちゃんはある種、昔かたぎの職人気質のような頑固さをもって、ひたすらトリプルアクセルにこだわり続け我が道を貫いて行った。頑固一徹(漢である)その結果がバンクーバーでは銀メダルであったが、競技後〜表彰台での涙は、金メダルを取れなかった悔しさもさることながら、やはりいつも目指している自分にとってのパーフェクトな演技ができなかったことへの表れが、より強かったのだろうと感じる。そうして果たしきれなかったその想いはソチへと続いていく。

f:id:MOMOJIRI:20100225000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp10202243&d=d4_mao

その後も真央ちゃんファンの間では、キム・ヨナ世界最高得点への憤懣遣る方無い気持ちからか、様々な憶測が生まれ、ジャッジの不正や買収、比較検証など、あたかもそれが真実であるかのような、行き過ぎたファンによる罪の意識のない刃がネット上にはあちらこちらと巻き散らかされていた。何が本当なのか?果たして真実とはなんぞや?何を信じればいいのだろう。

人の目がジャッジする競技においては、主観が大きく反映される場合が多い。ほとんどと言っても差し支えないのかもしれない。それ故に、公平さをもってジャッジに当たっているのかどうかに注目が集まるのだが、完全なる意味での公正なジャッジを望むのは、やはり難しいと言わざるおえない。物事の事象という意味で、事実は確かにひとつなのだ。それが正しくても、間違っていても、人の目に触れようと触れまいと、明らかになろうと、闇に葬られようと。。

f:id:MOMOJIRI:20111111000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp11749309&d=d4_mao

しかし、真実は人の数だけ存在する。その人が真実(不正が行われている)だと信じていれば、それは少なくともその人にとっては真実なのだ。その真実を追究するために、根掘り葉掘りと掘り起こされる闇の中から、確かに光と呼べる真実(宝)が見つかる場合もある。誰にも知られずに葬られていけない真実(宝)に、光をあてるという点に於いては、その追究にも意味がある。現に誰も声を上げなければ、そのまま人知れず闇に葬られることであろう。

ただ、これが真実だ、事実だと言い張ったところで、それをどこまで検証し、証明できるのであろうか?誰しもが納得する形で証明できない限り、結局はまたいつしか闇に紛れてしまうのだろう。ジャッジの抱えた闇に対する怒りの矛先が、その他の対象にまで及び、自分の応援する、好きな人以外は、みんな悪。のような図式が実際に起こって貶め行為に発展すれば、最も被害をこうむるのは、実は自分が応援している人に他ならないのだ。

自分の行為に疑いを持たず、毒を撒き散らしながら正義の刃を振りかざす。そうしたことに気づいていない行き過ぎたファン心理には、人が抱える現代の心の闇が反映されているように感じられてならない。

f:id:MOMOJIRI:20170413145454j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp016060445&d=d4_mao

素直に、自分の好きなものは好きでいいし、自由に応援すればいい。そして嫌なものは嫌で構わないのだ。問題なのは、それを他人に押し付けようとすることであり、押し付けているであろうことすら気づかないという事実。だからこそ、自分の感覚を大切に、好きなものは好き。

ただそれだけでいいんだよね。
と、真央ちゃんのひたむきな姿から、わたしは勝手に感じ取っているのである。

好きなものをとことん贔屓にすればいいのである。好きなのだから贔屓にするのは当たり
まえなのだ。気にくわないものへの、批判や嫉妬など考える余地などないほどに。

ただひたすらに純粋に好きな気持ちから応援・支援する。

ご贔屓様(ファン)とはそういうものであり、そうありたいものだ。

真央ちゃんの引退表明は、改めてフィギュアスケートとともに、さまざまなことを考える
きっかけとなった。

f:id:MOMOJIRI:20170413154101j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp016986794&d=d4_mao 

🌞 奇跡の4分間 感動のフリーは太陽のメダル 🌞

ソチ五輪のショートで手痛い失敗をした後、真央ちゃんはこのままでは日本に帰れないかもしれない。そんな心境に追い詰められたという。けれど、土壇場でやるしかない!と自らを鼓舞し、望んだ演技があのフリーだったのだ。わたしは食い入るようにテレビ越しに固唾を飲んで見守っていたが、最初のトリプルアクセルを成功させた瞬間に確信した。信じられた。
『よしっいける!絶対に、絶対に大丈夫だ』祈るように4分間を見守っていた。

f:id:MOMOJIRI:20170413185131j:plain

(写真 : 浅田真央(2014年ソチ五輪フリースケーティングより)/写真:Getty Images)

あの時の真央ちゃんから放たれていたエネルギーには、有無を言わせぬ迫力と、鬼気迫る魂の叫びのようなものが感じられた。人は本当に追い詰められた時に、人知の測りしれないような偉業を成し遂げられるのではないだろうか。それこそが天からの贈り物であり、その瞬間に立ち会えたことこそが、奇跡の瞬間なのだろう。

その時、もうメダルの色などどうでもよくなっていた。そんなものはとうに超えていた。

真央ちゃんの胸には太陽のメダルが光り輝いていた。

真央ちゃんと出逢ってから、わたしはその奇跡のような、幸せな瞬間を、何度も何度も味わう
ことができました。

そして、今日の記者会見で見せた真央ちゃんの『悔いはありません』といっていた潔さと、
さまざまな質問に、丁寧に言葉を選びながら答えている姿と、まっすぐな眼差しと。

f:id:MOMOJIRI:20170413032709j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp021126124&d=d4_asa

フィギュアスケートとは何ですか?の問いに、やはり、一言で言うなら『人生』と答えていた真央ちゃんの表情のひとつひとつが、宝物のようにわたしの目にキラキラと焼きついて、そのたびに、走馬灯のように今までの演技が憶い出されて、記者の方々の質問もとても優しく、温かく、浅田真央の卒業と、これからの門出を見守っているような空気感が感じられて、あぁ
なんて清々しい会見なのだろうと、いつまでもいつまでもずっと続いて欲しいほどでした。

f:id:MOMOJIRI:20170412192218j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp023735536&d=d4_asa

冒頭で真央ちゃんが登場した瞬間、その決断を象徴するかのような白いジャケット姿の衣装が印象的でした。それを見て、本当に悔いはないのだな、と。その静かな表情と、包まれている穏やかなエネルギーとともに、清々しい、新緑の森の中を流れるような、爽やかな風を感じられました。

記者会見の最後までずっと笑顔が絶えなかった真央ちゃんでしたが、本当の本当に最後となる自らの挨拶のときに、やはりその目にはうっすらと涙が滲んで、しばらく言葉を詰まらせながら、その涙を拭うために、ふっと後を向いて、後姿のままで涙を指で拭うと、またこちらを向いて笑顔を見せてくれました。

f:id:MOMOJIRI:20170412182612j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp023735673&d=d4_asa

その後姿がとても真央ちゃんらしくて、キュッとひとつに束ねられた黒髪が美しくて、いとおしくて、また泣けました。そしてやはり、真央ちゃんは最後まで漢でした。それと同時に、いいお嬢さんになったねぇ。と、成長を見守る近所のおばさんのような(笑)気持ちになって、また涙が溢れてしまったのでした。

 

本当に今までお疲れさまでした。

f:id:MOMOJIRI:20170413152341j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp016150424&d=d4_mao

 

数え切れないほどの素晴らしい演技を、感動を、ありがとうございました。

 

あなたとともに夢をみることが出来てほんとうに幸せでした。

 

あなたは光そのものでした。

 

そしてこれからも、ずっと、ずっと。わたしの光です。

 

新しく羽ばたく真央ちゃんの未来が、もっともっと輝きますように。

 

真央ちゃんがこれからも、本当に好きなことを自由に、思うように。

f:id:MOMOJIRI:20170413023620j:plain

 出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp021139902&d=d4_asa 

 

いつまでも、ずっとずっと笑顔で。

f:id:MOMOJIRI:20140220000000j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp016751088&d=d4_mao

 

魂を 輝かせつづけられますように。

f:id:MOMOJIRI:20170413024717j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp022495551&d=d4_asa

 

また光り輝く未来を、一緒に共有できたら嬉しいなぁ。

f:id:MOMOJIRI:20170413025849j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp020247692&d=d4_asa

 

ありがとう真央ちゃん。

f:id:MOMOJIRI:20170413194410j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao100-jpp016753295&d=d4_mao

 

大好きです。

 

 

ありがとうございます∞愛と感謝を込めて。

 

 

以前書いた記事も覗いていただけたら嬉しいです。。

vieludo.hatenablog.com

vieludo.hatenablog.com 

vieludo.hatenablog.com

 

f:id:MOMOJIRI:20170413201556j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp021140449&d=d4_asa

またね。

f:id:MOMOJIRI:20170413203314j:plain

出展:http://www.jiji.com/jc/d4?p=mao505-jpp020568944&d=d4_asa