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熱中症にご用心 高齢者への氣づかいと付き合い方

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ここ二ヶ月ほど全くブログを書いていなかった。暑過ぎてやる氣が沸かなかったからなのだが(本音は夏は基本遊んでばかりで仕事したくないから)実は同居中の高齢の父親がちょっとおかしくなって来たからなのだ

父は基本なんでも自分で出来る人(食事の用意も)なので、全くもって手が掛からず、私が旅行に行く際には、猫たちの世話も頼めるので色々な意味で楽(重宝)をさせて貰っている。そんな父も85歳を過ぎ、寄る年波に老化現象が起きている。それもここ数カ月でその速さに拍車をかけている様なのだ。

父に見る高齢者の老化と変化

暑さ寒さに敏感だった父の身に異変が起き始めたのは今年に入ってからだ。冬が終わって5月や6月になっても、寒くもないのにストーブ点けたりしていて氣がついた。おかしいと。今年のように猛烈な暑さなのに、エアコンをつけず、扇風機の風が自分の身体に直接当たるのを嫌がっている。これだけ暑いのに、暑く感じていない。

毎年高齢者が熱中症になって亡くなった話をニュースで目にすると、理屈ではわかっていても、何故亡くなるまで水分摂らないんだろう?とか、エアコンつけないんだろう?と、思ったりしないだろうか?

ついつい自分に当て嵌めてしまいがちなので、それらの行為にどうしても疑問が湧いたりする。しかし、父を見ていて氣がついたのだ。身体の温度センサーがバカになってると。高齢者が暑さ寒さを感じなくなるって、こういうことなのかと。

理屈ではわかっていても、やはりいまひとつ腑に落ちなかったりすることが、目の前に事実となって現れると実感せざるを得ない。あぁ、だから高齢者は危ないんだなぁーと。話で見聞きするのと実際に体感することの違いや重要性とはこういうことなんだなと改めて感じる。

父は放っておいてもガブガブと、ジュースやらお茶やらビールやら、あらゆるものを飲むような水分摂りまくる人だったのに、やはりここんとこの暑さにやられたのか、氣がつくと全く飲み物も口にせず寝てばかりいる。しかもエアコンもつけずに。

どうやらリモコンの使い方もわからなくなっているようなので、いよいよもって大丈夫か?と流石の私も心配になって来たのだ。暑さを感じるセンサーが働かなくなっていても、実際には身体には相当な負担になっているはずだ。

なのに、エアコンもつけず水分も摂らなかったら、脱水症状を起こしかねない。一人暮らしの高齢者の場合、誰もそうした異変に氣がつかなかったとしたら。。本人はそうした身体の変化に全く氣がついてないのだとしたら。。これは本当に危ない。

物忘れという最強のツールとの付き合い方

歳をとって老化現象が進むと、自ずと物忘れが多くなる。誰にでも起こることだが、個人差があって、それを自分ごとと認識出来る人と、出来ない人に別れる。ちょっと厄介だなと思ってしまうのは、他人事だとわかるのに、自分に置き換え、当てはめることがない(しない・出来ない)タイプの人たちだ。

多分、高齢者がそばにいる人や介護経験者ならば理解できるだろう。そのタイプは全てが他人事のように思え、自分がそうだとは考えない。本人は何の屈託もなく幸せそうでいいのだが、近親者は手を焼くことも少なくない。

ボケが進むと、忘れてしまうこと自体を忘れてしまう。本当に見事なまでに忘れるのだから、こちらにできる事と言ったら、イライラすることでも腹立たしく思うことでもない。ただ、ただ、目の前の事実を認識し、どうすれないいのかを考え対処し、受け入れていくしかないのだ。

物忘れという、全くもって都合のいい最強のツールを手にした高齢者は、常にこちらの上をいく突拍子も無い行動に打って出る(父はまだそこまでは行ってないが、知り合いにいる)そしてなんのことやらと、涼しい顔して2.3分後にはもうすっかり忘れてるんだから、どーしようもない(3歩歩いたら忘れる鳥かよ。。)

そんな不毛なやりとりが毎日繰り返されるのだから、いちいち過剰に反応していても仕方ないのである。しかし人間は感情の生き物なので、理性でそうと言い聞かせても、いざ身内となるとついついイラッとしてしまうものなのだ。

介護をプロに任せた方がいいのも、あくまで仕事であり、他人といったスタンスで面倒を見るほうが、色んな意味でも割り切りやすく、優しさも損なわずに済むものなのだと思う。

日本人は、身内で介護をしないと、冷たいだとか、自分の役割を放棄してるだとか、何かと難癖つけたがるが、金銭的負担と天秤にかけた上で、プロに任せるといった選択肢を常に念頭に入れておいたほうがいいと感じる。老老介護などはその最たるものだろう。

超高齢者の親を高齢者の子供が面倒見なければならないなんて、どこか変だ。身内だから自分で介護したいという心優しい想いが仇となってしまわぬように。これから日本はどんどんお年寄りが増えて行くのだから、そろそろ本気でこうしたことに取り組んでいかなければならない時期に突入している。

高齢者への氣づかいと氣配り

高齢の両親と別居している人は、日頃からそうした身体の変化に氣づいてあげることが出来なかったりするものなので、人ごとと思わずに、小まめなコミュニケーションを取ることを忘れないようにしてあげて欲しいものだ。ある日突然急速な衰えがやって来ないとも限らない。

そして、自分の住んでいる側に、そうしたひとり暮らしの高齢者がいるようであれば、少しでいいので氣にかけてあげたいものです。

我家の側は高齢者比率が物凄く高く、毎年のように誰々さんが何歳で亡くなった。と言った訃報が町内会の連絡で回って来るたびに、驚きの年齢だったりするんで、要は皆さん90歳過ぎまで元氣だったりするんだけど、ちゃんと家族と住んでいる。

戸建ばかりの地域なので、当たり前といえばそうなんだけど、都会では、やはり一人ぐらしの高齢者は年々増加傾向にあるのだから。遠くの親戚より近くの他人というように、地域住民たちでちょっとした氣づかいが出来る、そんな優しさを忘れないようにしたい。

温暖化が進み、異常気象が増えつつ有る中で超高齢化社会と言われるこれからを、一人一人がもっとちゃんと考えて、昔のように、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、そして子供たちが仲良く暮らし、動物や植物といった自然とともに有る世の中、本当の意味での共生共存の世界をつくって行けたらと願う。

 

自分の親が、介護の必要な年齢に差し掛かった時、

子は早め早めに対策を立てていかねばならんのだよ。

それはある日突然やって来たりするのだから。。。

 

それでは今回はこの辺りで。

 

おあとがよろしいようで〜

 

ありがとうございます∞愛と感謝を込めて。

 

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